よっぽどだね。ずいぶん悩んでたんだねじゃあ(松本孝弘)
B’zは、ギタリスト松本孝弘とボーカリスト稲葉浩志からなる日本のロックユニットです。
1988年に1stシングル『だからその手を離して』と1stアルバム『B’z』の同時リリースで、デビューして以降、オリコンチャート1位やミリオンセラーなど、数々のヒット曲を世に生み出し続けています。
なかでも、1988年発売のベストアルバム『B’z The Best”Pleasure”』は日本国内の音楽史上初めて売上枚数が500万枚を越えたほか、同年発売の『B’z The Best”Treasure”』との2作品合計で約1,000万枚の売上達成の記録を打ち立てました。
また、2007年には、アジア圏のミュージシャンとしては初めて『ハリウッド・ロックウォーク』に殿堂入りも成し遂げました。その翌年2008年にはギネス世界記録から「日本でもっともアルバムを売り上げたアーティスト」の認定も受けるなど音楽界の歴史的な記録を塗り変え続けています。
それだけでなく、1989年の『B’zLIVE-GYM#00″OFF THE LOCK”』からB’zのライブは『LIVE-GYM』とタイトルがつけられるようになり、
2019年7月6日に行われた『B’z LIVE-GYM 2019-Whole Lotta New Love』大阪城ホールの公演で、B’zは通算1,000回目のLIVEを達成し、デビューから30年以上が経ったいまでも衰えることを知らないモンスターロックバンドです。
ですが、B’zだってずっと順調に曲制作をしてLIVEを重ねてこられたわけではありません。
B’zにはメンバーが当時を振り返ったときにB’zの”暗黒時代“と呼んでいる時代がありますし、稲葉さんも作詞が上手く進まず苦しい経験をしたことがあります。
このように音楽会のトップを走り続けるB’zでもこれまですべてが思うように進んできたわけではなく、苦しく大変な思いもしてきました。
今回は、そんなB’zの大変だったエピソードの中から稲葉さんが松本さんのお宅に行かれてお茶を飲みながら今後どうするかについて話し合ったエピソードについてご紹介します☺
【B’z秘話】原因は16枚目のアルバム!?松本孝弘の家で開かれた緊急会議
稲葉さんが松本さんのお宅に行かれてお茶を飲みながら今後どうするかについて話し合ったのは、2007年のB’z16枚目のオリジナルアルバムを制作していた期間です。
B’zの16枚目のアルバムは、2006年の9月から曲の制作は始めたそうですが、本格的な曲作りは2007年1月にロサンゼルスで行われました。
しかし、思うように進まなかったために結局1曲も完成しないまま同月に1度日本に戻ったみたいです。
その後アレンジャーに寺地秀行さんを迎えて、そこからロサンゼルスでまとまらなかった曲をプリプロからやり直して、最後には『ACTION』が完成したみたいです。
結果としてB’z結成20周年に相応しいアルバムが完成しましたが、制作期間中は松本さんが”スタジオにもう行きたくない病“になられたぐらい制作が煮詰まっていたそうです。
そんな時に稲葉さんと松本さんは現状を打開するために、松本さんのお宅でお茶を飲みながら話し合いをされました。
『B’z SHOWCASE 2020-5ERAS 8820-』B’zPARTY会員限定メンバースペシャルインタビュー書き起こし
松本さんのお宅でお茶を飲みながら話し合いをされたエピソードは、2020年の10月31日から11月28日まで毎週土曜日に5週連続で開催されたB’z初となる無観客配信LIVE『B’z SHOWCASE 2020-5ERAS 8820-』の直前に配信されたB’zPARTY会員限定メンバースペシャルインタビューの中でも話されていました。
【スペシャルインタビューの書き起こし】
■「ACTION」をリリース
インタビュアー:はい。そのとき稲葉さんが松本さんのお宅に行かれてお茶を飲んでどうするかって相談されたって。
稲葉浩志:(笑)
松本孝弘:ほんと!?それよっぽどだね。ずいぶん悩んでたんだねじゃあ。
稲葉浩志:(飲んだ湯飲みをテーブルに置くジェスチャー)
松本孝弘:それ雰囲気的にどっちかっていうと、おれが慰められて・・・ってかわざわざ来てもらってお茶飲んで話した(笑)
稲葉浩志:多分もうほら、やっぱり何年もやってるからレコーディングを例えば1年ぶりとか、2年ぶりに始めても、やっぱり同じスタジオに行ったりとか場所を変えてやるっていうことも何回もやってるしね。どっちが悪いとかこっちならできるとかそういうようなことを相談してたんじゃないかな。
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